Pocket

こんにちは星雅です。

今回の記事は我ながら暗ーいです。

生まれないという幸せ

僕は自己紹介の記事でも書いていますが、数年前にうつ病になっています。

そもそもそのずっと前からイマイチこう、社会に適応しきれない感丸出しで、でもそれを隠し隠し生きていました。

学校でも、家でも、どこか本来の自分じゃなくて、優等生的に振る舞い頑張ってしまっていたんです。

ででで、そういうバックグラウンドのなかいろいろあってお勤めしていたんですが、無理がたたりうつ病でKO。

そういうことを経験し、今思うのは、人間は生まれないほうがはるかに幸せなんじゃないかという思想です。

こんなこと言うと批判はあると思いますが、人生はそもそも辛くて苦しいことが9割だと思うんです。

その辛い苦しいというのはある意味ドラマでありスパイスなんですが、みんながみんな劇的でドラマチックな
人生を望んでもいないし、そうした苦しみを乗り越えられるとは限りません。

僕なんかまさにその典型。

仕事上の困難、自分性格などのハンディキャップを乗り越えて社会で成功する的なドラマチックな展開を
狙っても、結果はうつ病でボロボロ。

自殺未遂や自傷行為を繰り返し体も本当に傷だらけ。

それでも僕はこうして生きているので運のいい方で、きっと同じようにうつ病になった人の中には散々苦しみ抜いた
挙句になぜ自分は生まれてきたのだろうか?生まれて来なければよかったという思いを抱きあらゆるものを憎んで
恨んで死んでいった人もいるでしょう。

というか、うつ病とか精神疾患系の人はそういう人の方が多いです。

よく本とかテレビでうつから立ち直った!とか特集があるけど、そんなのは稀だからこそ本になるしテレビにもなるんです。

大半が生まれてきたことを呪いながら惨めに死んでいく。

それが現実です。

死なないまでもあらゆることを諦めて、人並みの幸福を捨て、資本主義社会の中では負け組というレッテルを
貼られていつか来る死ぬ日を待つだけ。

人生とは、そういうことすら呆気なく起こる可能性のある場所です。

それもこれも、生まれてきてしまったことがすべての不幸の始まりです。

生まれて来なければそもそもこんな目にも合わなかったのです。

だからこそ、僕はある程度うつが良くなって、基本好きなことだけして生きている今ですら、
この世に生まれないこと以上の幸せは存在しないと考えちゃうんです。

これからどれだけ幸せになっても、いいことがあっても、それまでに味わった苦痛を贖うことなんて
できないからです。

反出生主義という考え

まあなんてねくらなやつなんだと思うかもしれませんが、この“生まれて来ないのは1番の幸せという思想は
実は非常に歴史が古く、ショーペンハウアーなどの文学者や哲学者の中では昔から理論として確立されて
いたんです。

その思想を、反出生主義と言います。

人は生まれてくることでこの上ない苦痛を味わう可能性を持ってしまう。

人道的観点から考えて、子供を作ることは罪悪だという考えがこの思想です。

子煩悩で子沢山の家庭に喧嘩を売っている理論ですが、他ならぬ僕もこれまでも経験でそう感じてしまうんです。

子供は、少なくとも本人の意思によって生まれてくるわけではありません。

スピリチュアル的な観点で言えば、子供は親を選んでくるとかそういうのがありますが、ここではそうしたふわっとして
ものは省きます。

選択権のない、意思のない子供を、大人の勝手な都合で生み出した挙句に場合によっては望まない労働や苦役に
就かなければならないかもしれないなんで、理不尽の極みでしょう。

おまけにその勝手に自分を産んだ親に感謝しろとか、老後の面倒をみなさいということまで子供は課せられるのです。

愛とかそういう聞こえのいい言葉で覆い隠されてしまいがちですが、子供の多くは単なる労働力としてしか
考えられていないのです。

そうでないなら現代でニートとか働かない人が問題視されるのはそもそもおかしいのですから。

経済的に自立できずに親元で暮らす人が後ろ指さされるのはおかしいのです。

そういう子供を叱ったりする親は、結局子供がいつか当たり前のように自分で稼いで自立するものだと
考えていたんでしょう。

でも、そうならないことだって当然ある。

生まれてくることのリスク

この世界は危険がいっぱいです。

生まれてくるのはそのあらゆる危険やリスクに身を晒すことです。

学校でいじめられるかもしれません。

仕事でひどいパワハラや超過労働の末に病気になったり自殺するかもしれません。

頭のおかしい人間にいきなり殺されるかもしれません。

理不尽不条理突発的で予測不能。

それが世界の正体です。

もちろんいいことも楽しいことも山ほどあるでしょう。

ただそれは犯す危険や取るリスクに見合うものではないと個人的に思います。

その辺は人それぞれですが、僕はうつ病になって2年以上に渡って感じてきた苦悩と苦痛は、決して
この世の全ての富を集めても決して割には合わないと思います。

自分なんて死んでしまえばいいというくらい卑下して、自分の体にホチキスを1ダース打ち込んだり
ナイフで脂肪が見えるまで体を切り刻まなければ得ることのできない幸福などあるでしょうか?

代償としてあまりにも大きいものを支払ったと感じています。なにを得ても、赤字は決定なほど。

話が逸れました。

生まれるってことは、そういう想像を絶する危険に飛び込むことです。

子供を作るってことは、そういう陰惨で非情な世界に愛する人を放り投げるってことです。

子供を作る人たちは、そういうリスクを考えているのかといつも疑問に思います。

みんなみんな、健康で明るく社交的じゃありません。

学校に行くのが嫌でたまらない子もいます。

決められたことがうまくできない子もいます。

みんなと同じが苦痛でたまらない子もいます。

目には見えない障害や、社会性に難のある気質を備えて生まれてくる子もいます。

そういう”普通の子“とは違う我が子でも、失望も絶望もせずに一生愛してあげられるのでしょうか?

人並みに働けず、結婚も出来ず、そういう子でも、愛せるんでしょうか?

立派な肩書きも自慢できる特技もなにもない子でも、愛していけるんでしょうか?

誰にでも、誰の子でもそうなる可能性はあるんです。

僕の子に限ってという風に多くの人は思うでしょうが、僕の両親もきっとそう思ったでしょう。

自分の子がある日突然精神障害を患って、まともに社会で生きていけなくなるなんて思わなかったと思います。

想像して、一ミリでもこの子を産むんじゃなかったと思うのなら、そもそも子供を作っては欲しくないと僕は思います。

僕はそれなりにうつから回復もしてかなり前向きに生きてもいますが、それでもやっぱり生まれて来ない方がよかった
という考えはぬぐいきれません。

今の社会で感じる生きにくさも変わらないし、経済的にも厳しいです。

心配や苦労も、惨めな思いも生まれさえしなければ感じずに済んだのにと何度も思います。

:生きることをそれでもやめない

散々ネガティブなことを言って子供を作るのは間違いだとか言っていますが、僕は今生きている人を自分を含めて
否定するつもりはありません。

むしろ今すでにこの世界に生まれてきてしまった人は、幸せを目一杯追求し人生を楽しむべきと感じています。

うつ病で寝たきりでいた時、いつも感じていました。

”この屈辱も惨めさも、決して割には合わないけれど、だからこそその中で惨めに死んでたまるか“

生まれてくる以前にもしも戻って、生まれてくるかどうかを選べるのならばやはり生まれない選択肢を選ぶでしょう。

でもそんなことはあり得ないんです。

もう二度と、時間は巻き戻らないし過去にした選択をやり直すことはできません。

僕も、あなたも生まれてきてしまったんです。

その事実は変えられません。

だからこそ、幸せになることは義務であり権利です。

こんなロクでもない世界に自分の意思に関わらず生まれてきてしまった最大の不幸を味わったのだから、死ぬまで
好き勝手に自分のために自分の幸せを追求して楽しみましょう。

僕にとっての反出生主義って、実は結構ポジティブなんです。

もう一番幸せにはなれないけど、まだ2番目に幸せにはなれる可能性はありますからね。

なのでみんなも、うつになってしまったりしたあなたも、遠慮なく好き勝手生きていきましょう。

 

ちなみに僕は毎日絵を描いて好き勝手に生きています。

 

+ Instagram
+ Twitter